1930年代生まれ

伊東四朗さんの若い頃、舞台で鍛えた名人芸

伊東四朗

80代となった今でもマイペースな活動をされている、伊東四朗さん。

 

とくに目立つわけではなく、かといって埋没しているわけでもない不思議な存在感があります。

 

そんな伊東四朗さんの若い頃からの活躍を振り返ります!

 

伊東四朗さんのプロフィール

 

  • 本名:伊藤 輝男
  • 生年月日:1937年6月15日(83歳)
  • 出生地:東京府東京市下谷区竹町(現:東京都台東区台東)
  • 身長:166 cm
  • 血液型:O型
  • 東京都立市ヶ谷商業高等学校卒業

 

伊東四朗さんの若い頃、芸能にあこがれた少年時代

 

伊東四朗さんは1937年(昭和12年)6月15日、東京府下谷区竹町(現在の台東区台東)に、洋服の仕立て屋の息子として生まれました。

 

伊東四朗
出典元:Feel55

 

父親は静岡県榛原郡相良町(現在の牧之原市)、母親は同県掛川市の出身。

 

伊東四朗

出典元:Feel55

 

父親は下町気質で、言葉より先に手が出る厳しいしつけで育てられたそうです。

しかし、仕事が終わると歌舞伎を見に行くような粋なところも・・・

 

伊東四朗

出典元:Feel55

 

伊東四朗さんもよく連れて行ってもらったそうです。

 

戦時中は母親の実家のある掛川市に疎開していました。

そのときも、映画館に連れていってもらい芸能の世界に憧れていました。

 

伊東四朗

出典元:Feel55

 

就職活動がうまくいかず・・・演劇の道へ

 

東京都立市ヶ谷商業高等学校卒業後は就職を希望し数多くの面接を受けますが、

 

目付きが悪い、人相が悪いことを理由に不採用が続き・・・

 

伊東四朗

出典元:Feel55

 

伝手を頼って紹介された企業も入社試験を受けたが採用には至りませんでした。

 

就職がうまくいかなくても働かなくてはいけません・・・

 

1958年伊東四朗さんは早稲田大学生協でアルバイトを始めました。

 

パンや牛乳を販売する日々・・・そんな中、忙しくても大好きな舞台には通っていたようです。

 

とくに気に入っていたのは新宿の「フランス座」

 

「フランス座」というのは、ストリップと演劇の二本立てで大衆の娯楽だったようです。

 

通っているうちに、新宿フランス座の座付き俳優だった石井均に気に入られ、楽屋に入り浸るように・・・

 

本当に演劇が好きだったんですね

 

石井均が旗揚げした劇団「笑う仲間」に出演することに。

 

この時の仲間に、のちに「てんぷくトリオ」のメンバーの三波伸介、や財津一郎がいました。

 

 

三波伸介三波伸介

出典元:追悼の森

 

戸塚睦夫戸塚睦夫

出典元:Feel55

 

このころから、一般家庭にもテレビが普及、活躍の場を広げていきました








伊東四朗さんの若い頃、「てんぷくトリオ」結成

 

石井一座の3人、三波伸介さん、伊東四朗さん、戸塚睦夫さんで「てんぷくトリオ」を結成。

 

てんぷくトリオてんぷくトリオ

出典元:Feel55

 

キャバレーの営業などを続けていましたが

 

昭和37年にフジテレビから声が掛かかり、林家三平さんの番組に出るようになりました。

 

時代は演芸ブーム

 

日劇のショーに出るようになり、人気がでてきました。

 

三波伸介さんのギャグ「びっくりしたなぁ、もぅ」が大当たりして、茶の間の人気お笑いグループとしての地位を確立。

 

しかし、個人での活動に注力したい三波伸介さんは、トリオの二人に個別での活動をしてほしいと・・・

 

努力家の伊東四朗さんはダンスや楽器の練習などで芸を磨いていきました。

 

伊東四朗さんの若い頃、役者としても活躍

 

伊東四朗さんが32歳のとき

 

坂本九の番組でコントを披露していた「てんぷくトリオ」伊東四朗さんの演技力に注目した、NHKのディレクターが大河ドラマ『天と地と』にキャスティングされました。

 

1973年に戸塚睦夫さんが42歳で死去、三波伸介さん、伊東四朗さんは個人での活動が中心になっていきました

 

トリオでなくなった二人は「てんぷく集団」と名乗って活動を続けましたが・・・

 

1982年には、三波伸介さんも52歳の若さでなくなってしまいました

 

伊東四朗さんの若い頃、小松政夫さんとのコンビが大人気に!

 

1976年、伊東四朗さんが39歳のとき「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」がスタート。

 

この番組の中で企画されたのが「電線軍団」

 

すでにそれなりの俳優だった伊東四朗さんですが・・・

 

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伊東四朗は気が狂ったのか!

 

とまで言われた電線マンで大活躍しました

 

衝撃的でしたね!!

 

 

当時、大人気になった電線音頭

 

電線音頭

 

こたつの上で踊りまくる小学生が続出

 

デンセンマン

 

こたつの足が折れるので電線音頭禁止令がでたほどでした!!

 

 

電線マンとか、電線音頭とか意味不明、当時でいえばナンセンスということになるのでしょうが、改めて観てみると、演劇の動きや歌舞伎の型なども巧みに取り入れていますね!

 

「つん、つくつくつくつん。つん、つくつくつくつん。ひやーひんひらひらりー、べんべらべんべらべんべらべんべらべん」

 








伊東四朗さんの若い頃、まとめ

伊東四朗さんの生い立ちから、舞台での活躍、「てんぷくトリオ」でのブレイク。

小松政夫さんとの絶妙なコンビでの活躍を振り返ってみました。

 

時代の流れに乗った大ブレイク

 

しかしそれに流されることなく足元を固めて活躍し続ける・・・

不思議な魅力をもった方ですね・・・

以降の活躍もまとめてみたいと思います。